『トレモロ』、更なる芸術表現のために(技術講座)   佐々木達夫

* この文章は、トレモロ表現に於いて最高峰の技術を持つ佐々木達夫氏が2014年に書いてくださったもので、『マリンバフェバリッツ』Vol.2(絶版)の巻末に収められていたものです。

  

皆さんはトレモロの奏し方について深く考えたことがありますか?バイオリンやフルートのように滑らかに奏したい、ピアノのような音の減衰を顕したい、・・そしてその為にはどのように弾けばより効果的か・・など。

>最近マリンバのトレモロは欧米の奏者を中心に敬遠する傾向が見られ、日本でも一部で少しずつ広まっている印象があります。しかし果たしてそれは音楽的に正しいことでしょうか。 トレモロを問題視するその要因としては「粒の連打が音楽的でない」「過度な抑揚が違和感を与える」等が挙げられると思います。確かにトレモロをただ音の連打として弾いてしまえば32分音符や64分音符が羅列した楽音にも聞こえてしまいます。しかしそれは音量、速度、タッチ等を無作為に奏するトレモロから生じる結果であって、様々なテクニックによってトレモロは生まれ変わり得るという認識に欠けているからです。クラシック音楽を演奏するにはトレモロ抜きでは表現が非常に限られてしまいます。何故ならトレモロとは単に音を伸ばすだけの手段ではなく、多彩な芸術表現を醸し出す技でもあるからです。

私はトレモロを「声楽や弦楽器のヴィブラート」に相当する持続音という意識で奏しています。ヴィブラートとは声楽や弦楽器はもとより管楽器にも使用される奏法で、伸ばされた音の音程を小刻みにずらすことで持続音に繊細な変化を与える技術です。マリンバのトレモロは奏し方次第でヴィブラートのような持続音となり得ます。音盤とパイプの残響を音楽の流れの中に溶け込ませ、「粒」である印象を自他ともに感じないようになるまでに響きをコントロールするのです。そのためにはまずマリンバの音の鳴る仕組みも頭に置いて奏する必要があります。つまりトレモロとは「音盤を微振動させることでパイプを共鳴させ、音が伸びている状態を醸し出す、響きを持続させる技法である」という意識です。次にその具体的奏し方を記しましょう。

1. 音盤とパイプの空気振動の関係を最適に響かせる

音盤とパイプの空気振動の関係が最適な条件になった時、音は最も気持ちよく響きます。その響いている状態を大切に包みこむように粒間の速度や鍵盤への圧力を微調整することでヴィブラートに似た持続音が得られます。具体的には、低音域の良く鳴る音盤はゆったりしたトレモロ、残響が少ない高音域では速めのトレモロを使用し、ヴィブラートのように聞こえる適正速度を見つけます。単音、オクターブ、和音いずれの場合も同じです。速すぎても遅すぎても、そのようには聞こえません。タッチ、音盤の振動、パイプの空気振動、打つ速度などが最適にフィットして初めてトレモロは音楽の中に溶け込みます。
(参考 YouTube Vol.1 : コンチェルト 第2楽章 / A.ヴィバルディ(3:11)、 Vol.2 : ニューシネマパラダイス メインテーマ /E.モリコーネ)

2. 最初の1打目の余韻を2打目の打音と合体させ、繋ぐ持続音

更に細かく述べると、最初の1打は楽譜の指定の強弱に従って奏し、2打目以降は1打目の残響を補足する形で1打目よりやや弱く、1打目の余韻をうまく2打目以降に繋ぎます。同音量・同速度の粒の連打ではなく、弾いた音の余韻を次の打音と合体させながら持続音を作っていくのです。滑らかに奏するためにはマレットはあまり高く上げずに軽めのタッチで、また、フレーズが減衰して終わる場合はその減衰が自然に感じられるように最後の一粒まで大切にします。奏者は音を伸ばしながらも同時に音楽を心の中で歌っている事が大切です。
(参考 YouTube Vol.1 : 日本の歌メドレー /西川利夏YouTube Vol.2 : デカリッシモ /ピアソラ )

3. 個性的レガート効果、跳躍部分等でより高度な流れを生み出す「片手トレモロ奏法」

両手で奏するだけではなく時に「片手トレモロ奏法」も使用します。手首と指先だけを使い片手だけでマレットを速く連打する奏法ですが、片手で余韻を残しながら空いている側のマレットで次の音を奏することが出来、音色やメロディーの流れを大きく向上させます。個性的レガート効果を出したい場合や跳躍部分等でより高度な流れを生み出すことが出来ます。
(参考 YouTube Vol.2 : デカリッシモ /ピアソラ、Vol.3 : バイオリンコンチェルト 第1楽章 / J.S.バッハ )

4. 減衰楽器の音の余韻を顕すための「粒を極力聴こえさせない」トレモロ

粒を極力聴こえさせないように奏するトレモロ奏法もあります。ピアノやチェンバロのような減衰楽器の音の余韻を顕すためには1打目の余韻を保つだけに留め、自然減衰を演出します。2打目以降の粒は極力聴こえさせないように奏すことが大切です。 (参考 Vol.3: スカルラッティのソナタ /スカルラッティ)

5. 均一ではなく豊かな異なるタッチの感覚を身に付け、曲想に応じて使い分ける

タッチは均一ではなく豊かな異なるタッチの感覚を身に付け、曲想に応じて使い分けることが大切です。また、マレットの硬さや材質の選択、マレットが鍵盤に当たる角度を変える事やマレットを握る位置の調整、また腰、腕、手首、間接、指先のどの部分で演奏するかで様々な音を引き出す事ができます。

6. マリンバデュオなど、複数奏者が同時に奏す場合の伴奏セクションのトレモロ

マリンバデュオなど、複数奏者が同時に奏す場合、トレモロの粒のぶつかり合いが生じてメロディーが美しく響きません。伴奏セクションのハーモニーは余韻を響かせる程度に留め、同音量に鳴らし続けることは避け、1打目を楽譜指定通りの強弱で奏した後の2打目以降は、粒を出来るだけ出さないように奏します。また、中低音域はパイプ容積が大きく振動時間が長いので、単音を鳴らした直後にマレットで音盤を小刻みに触れる程度に連打することで自然なエコーを付け足すことが出来ます。和音は必ず全ての音を同時に打ちハーモニーをきちんと響かせることが重要です。タッチは長い余韻の欲しい場合は音盤の中央付近をマレットの当たっている時間を少し長め(ミュート気味)に奏し、逆に動きのあるビート系伴奏部分等では残響は短く、倍音の鳴りを抑え音程をハッキリ出すために、紐の近くを瞬発的タッチで奏します。(伴奏法:野口道子注釈)
(参考 YouTube Vol.3:スタジオジブリ メドレー / 久石譲 西川利夏 編曲 、スカルラッティのソナタ /スカルラッティ)

7. 抑揚を付け過ぎる(大きく膨らませる)ことは音楽的マイナス

トレモロで必要以上に抑揚を付ける(大きく膨らませる)ことは音楽的に非常にマイナスになります。マリンバは音量幅が広い楽器ですが、やり過ぎは禁物です。自然な範囲に留めましょう。

   

   

音楽表現に於いて持続音が持つ意味は絶大です。クラシック音楽は全ての音が互いに連動し、フレーズの切れ目は次のフレーズへ響きの減衰と共に橋渡しされます。それらの連動を司るのも持続音です。悦び、悲しみといった様々な感情表現や、作曲家が意図した響き、優雅さ、滑らかさ、勢い、等の表情も、トレモロの粒の強弱、間隔の幅、タッチの深浅、等様々な要素を組み合わせることで顕わすことが出来ます。表情の付加はその曲の芸術性を大きく高めるもので、その貢献度は計り知れません。トレモロを放棄してしまえば音楽は息づくことを止めて、感情の存在しない一打の残響のみがごく短く無機的に響くだけです。そうした演奏が容認されるとすれば、それはマリンバだからという諦めの意味合いを含むもので、その曲の芸術的完成度として満足されたわけでは決してありません。

日本では幼少期からマリンバを習う人が多く、特に2本マレットのトレモロ奏は世界一上手な国と言ってもよいでしょう。だからこそ私たちがトレモロの価値観を再認識し、素晴らしい表現を求め発信していく、そうすることでマリンバ界全般の音楽表現のレベルが高まっていきます。

トレモロ論からはやや逸脱しますが、私はオリジナル曲の演奏に偏り過ぎている現状に少なからず危惧の念を抱いています。オリジナル曲の中には優れた作品も見受けられますが、残念ながら多くの作品はテクニックや斬新さ重視で 音楽性・芸術性に欠けています 。皆さんはオリジナルの現代作品を演奏していてその曲の一音一音の織り成す芸術性に感動し、その響きの美しさに涙が出るほど魂を揺さぶられた経験がありますか? 観客は本心で喜んでくれていますか? 10年後に残っている作品はどれだけあると思いますか?

マリンバには古典作品がない為、優秀なオリジナル作品が求められていることは間違いなく、その探求や演奏は積極的に行われるべきです。しかし古典を学ばないでオリジナルの世界にだけ浸かっていれば肝心な深い音楽表現に目を開く機会が限られてしまいます。

「テクニックがすごい、カッコイイ」というのと、聴衆の心に染み入る「感動」とは全く種類が違います。後者のような「感動」に繋がる演奏を目指すには自らが「感動」する経験を沢山持つことが一番の近道です。古典は数百年もの間多くの人々を「感動」させ続けてきました。その芸術性の素晴らしさ、奥深さ、美しさ、精巧さ、完璧に配列された音とその並びの妙を知ればそれを自分の演奏で顕わしたい、観客に伝えたい、そのためにはもっと深い音楽性・表現術を身に着けなければ、と思うでしょう。コンテンポラリーと古典は平行してバランスよく学ぶことが非常に大切だと思います。

トレモロに限らず、楽譜に書かれた音符に芸術表現をいかに付加していけるのかは演奏家の才能として最も問われる部分です。クラシックの名匠の演奏にはそれらが散りばめられています。表現の原動力「感性」を育てるにはそうした演奏を深く学ぶことがとても大切で、それをヒントに自分自身の音楽的イメージを大いに膨らませ「より洗練された音楽」を追求して下さい。オーケストラ、室内楽、オペラ、ピアノソロ、弦楽器ソロやアンサンブルなど多岐に渡る良い演奏を聴く事も非常に大切です。

そして、皆さんが演奏する音楽が一般聴衆に広く愛され、楽しまれているかどうか、また世界に通用する価値観に適ったものであるかどうかを常に自らに問うことも忘れないでください。それらが伴って初めてマリンバを一鍵盤打楽器という位置付けからクラシックの一独奏楽器へと成長させることが出来るでしょう。皆さん一人一人にマリンバという楽器の将来が託されていると言っても過言ではないのです。(佐々木達夫 2014年)